福岡高等裁判所 昭和55年(ネ)155号 判決 1980年7月31日
控訴人
中原宏
右訴訟代理人
多加喜悦男
右訴訟復代理人
安永一郎
被控訴人
宮川日出生
右訴訟代理人
小川章
右訴訟復代理人
江口亮一郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し、金一二万八三〇〇円及びこれに対する昭和五三年一二月一三日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇〇分しその一五を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決は主文第一項中第一文(控訴人の勝訴部分)に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一控訴人が原判決添付目録(一)記載の建物を、被控訴人が同目録(二)記載の建物をそれぞれ所有していること。昭和五三年九月一五日北九州地方に台風一八号が襲来したことはいずれも当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 昭和五三年九月一五日台風一八号の襲来により北九州市では昼すぎ頃から南寄りの強風が吹き始め、北九州市小倉南区北九州空港における午後一時から四時まで毎時の風向観測時前一〇分間の平均風速は、秒速で一三時東南東14.5メートル、一四時南東16.5メートル、一五時南一四メートル、一六時西南西一八メートルで、その間の風向最大瞬間風速は、午後三時一〇分南南西秒速三八メートルであつた。
2 被控訴人所有の建物は、昭和四五年四月頃建築された木造瓦葺亜鉛メッキ鋼板交葺二階建居宅で、被控訴人は、これを昭和五二年一〇月頃購入して約一月後に一部増築したものであり、以来屋根を含め、今回の台風まで風の強いこともあつたが異状は認められなかつたが、右台風のため、当日の昼すぎ頃からその屋根に葺いた日本瓦が飛散し始め、被控訴人所有の建物の北隣りに位置する控訴人所有の敷地内などに落下し、同建物及びこれに接して建築されている控訴人所有の車庫の屋根や外壁に当つた。
3 台風一八号の通過後、被控訴人所有の建物の屋根は、濃青色日本瓦と亜鉛鋼板との交ぜ葺きであり、少なくともその棟瓦東西両端二二−二三枚、屋根瓦四、五枚と北側の屋根瓦約二枚がはがれ、他方、控訴人所有の建物の波型トタン屋根及び車庫のタキロン製の屋根は、瓦が当つたため凹んだり穴があいたりした。控訴人は、右損壊部分の補修工事費を株式会社稲富建塗工業に見積らせて三八万五〇〇〇円を要する旨の見積書を受領したが、更に屋根全体について補強することにし、合計一〇〇万円を出捐して補修・補強工事をした。
4 控訴人、被控訴人方の附近一帯においては、台風のため屋根ごと吹き飛ばされた一、二の例を除けば、被控訴人宅西側道路西側にも台風一八号で南側屋根瓦を飛ばされた家があり、被控訴人宅の南方にも台風一八号で日本瓦を飛ばされた家が二、三軒あり、多少屋根瓦が飛ばされた建物は多く、被控訴人所有建物附近には灰色日本瓦を葺いた家が多かつたけれども、被控訴人所有の建物と同程度の被害を受けた建物はなかつた。しかし、台風一八号通過後控訴人居宅テラス北方の庭に散乱した屋根瓦片には濃青色のものも灰色のものもあつた。
控訴人は、被控訴人にその所有する建物の南側の屋根瓦を固定するなどして屋根瓦が風によつて飛散しないようすべき義務があるのに、同人はこれを怠つたので、右屋根の設置又は保存に瑕疵があつたと主張し、被控訴人は、控訴人の主張を争い、控訴人の被つた損害はいわゆる「不可抗力」に起因すると主張する。
台風とは気象学上typhonnの訳語として中心附近の最大風速毎秒一七メートル以上のものを指す(日本百科辞典一九巻三七頁)が台風による被害は台風の中心からの距離、風向、風速等によつて差異が大きく台風のため屋根瓦が飛散し損害が生じた場合において、土地工作物に瑕疵がないというのは、一般に予想される程度までの強風に堪えられるものであることを意味し、北九州を台風が襲う例は南九州ほど多くはないが、過去にもあり、当該建物には予想される程度の強風が吹いても屋根瓦が飛散しないよう土地工作物である建物所有者の保護範囲に属する本来の備えがあるべきであるから、その備えがないときには、台風という自然力が働いたからといつて、当該建物に瑕疵ないし瑕疵と損害との間の因果関係を欠くものではないと解すべきところ、前叙事実関係のもとにおいては、当日風速は北九州空港で一五時一〇分秒速三八メートルであり一六時なお秒速一八メートルあつたとはいえ、これよりさき被控訴人所有の建物の屋根瓦は風速未だ一秒14.5メートルに達しない昼すぎ頃以降既に飛散し始めており、かつ台風通過後の右建物の屋根の被害状況はその附近一帯の建物の屋根がそれに比べて比較的大きかつたというべきであるから、被控訴人所有の建物の屋根には小穴をあけた硬い瓦を針金で屋根に固定するとか、屋根瓦を止め金で固定するとか、漆喰で固定するとか、瓦の固定について建物所有者の保護範囲に属する本来の備えが不十分であつたと推認することができ、ひいては右屋根の設置又は保存に瑕疵があつたというべきである。もつとも、被控訴人所有建物附近ことに被控訴人宅西側一か所南側一帯において、他に二、三か所屋根瓦若干を吹き飛ばされた建物もあり、風速が増すとともに風向きは南々西から西南西に変つており被控訴人所有建物の飛散した屋根瓦が昭和五三年九月一八日一五時一〇分までに果してどの程度飛散していたか台風直後控訴人宅テラス北方に落ちていた灰色瓦の量がいかほどかをつまびらかに認むべき証拠はないが、前叙事実関係のもとにおいて控訴人が一八号台風当日飛散した日本瓦の落下により同人所有建物に被つた損壊に基づく損害の少くとも三分の一は被控訴人所有建物の保存に瑕疵があつたことによると認めるのが相当である。
さすれば、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人所有建物の屋根全体の補強工事に要した費用を除き、その損壊部分の補修工事費用である三八万五〇〇〇円のうち三分の一に相当する一二万八三〇〇円(百円未満切り捨て)と、これに対する損害発生の日の後である昭和五三年一二月一三日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があり、控訴人の請求は、右の限度で正当として認容すべく、その余を失当として棄却すべきである。
二よつて、右と一部趣旨を異にし一部趣旨を同じうする原判決を民訴法三八六条、三八四条に従い主文のように変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、八九条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(園部秀信 美山和義 前川鉄郎)